So-net無料ブログ作成

ラウル・ゴンサレス [サッカー]

《FA杯》
アーセナル、ロシツキとアンリのゴールで前年覇者のリバプールを撃破。
ロシツキ、キレキレでした。1点目のゴールは見事の一言。2点目は囲まれながらもうまく
スペースを作って右足を振りぬきました。うまいです。最後はアンリが足の速さを生かして
駄目押し。ベンゲル監督大喜びでした。

http://www.youtube.com/watch?v=3UxkSOn5_rk

《私的選手名鑑》No.19
ラウル・ゴンサレス(Raul Gonzalez)
「スペインの至宝」とよばれるレアルのFW。出身もマドリードだが、元はレアルではなく、アトレティコのユースだったそうだ。1.5列目でプレーするため、パサーとしても評価されているが、どちらかというと一瞬の抜け出しとひらめきで得点する生粋のストライカーだとおもう。
どんな体勢からでもシュートにいけるボディバランスとシュートセンスは特にすばらしく、ペレ、クライフからも最高の賛辞を送られている。ゴール後に妻への感謝を込めて必ず指輪にキスをする仕草はあまりにも有名。

動画です。↓
http://www.youtube.com/watch?v=KqmVlJDKJ2w

プロフィール(Wikipediaより抜粋)
ラウル・ゴンサレス・ブランコ(Raul Gonzalez Blanco、1977年6月27日 - )
スペインのマドリード出身、リーガ・エスパニョーラのレアル・マドリードに所属するスペイン代表のサッカー選手。身長180㎝ / 73㎏。左利き。ポジションはFW。

スペイン代表とレアル・マドリードのエースストライカーであり、それぞれのチームでキャプテンも務める。非凡なフットボールの才能とキャプテンシーを持ち合わせる「スペインの至宝」。 2006年8月15日のアイスランドとの親善試合(0-0)で史上2人目の代表通算100試合出場を達成した。

元々はアトレティコ・マドリードのカンテラ出身だが、同チームのユース経営終了に伴い放出され、レアル・マドリードに移籍した。

家族は、マメン・サンツ夫人と息子4人(三男と四男は双子)。


nice!(3)  コメント(2) 
共通テーマ:スポーツ

マリオ・ケンペス [サッカー]

《天皇杯》
あけましておめでとうございます。今年もサッカー初めの天皇杯が行われました。
浦和がリーグ優勝に続き、2冠達成。おめでとう!!
主力メンバー不在の浦和は大変苦しい試合を強いられたが、気迫あふれるプレーで劣勢をはねのけ優勝。ガンバはマグノ・アウベスと幡戸が惜しいチャンスで決めきれなかったのが響き、リーグ戦に続き苦杯をなめた。

http://www.youtube.com/watch?v=Mq0NEPCdHR0&mode=related&search=

《私的選手名鑑》No.18
マリオ・アルベルト・ケンペス (Mario Alberto Kempes)
1978年ワールドカップアルゼンチン大会優勝の立役者。この世代の人にアルゼンチンで最も印象に残っている選手をきくと、ケンペスの名を挙げる人が多いとか。(私はやはり、マラドーナですね。^^)
華麗に敵をかわすボールさばきから、エル・マタドール(闘牛士)とよばれていた。
決勝のオランダ戦では2ゴール1アシスト、大会の得点王となった。

動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=PsbPxZp9X7M
http://www.youtube.com/watch?v=4QBW5d9xoo0

プロフィール(Wikipediaより抜粋)
マリオ・アルベルト・ケンペス (Mario Alberto Kempes, 1954年7月15日-)は、アルゼンチン出身のサッカー選手。ポジションはFW。

華麗な身のこなしとその得点力から『エル・マタドール(闘牛士)』と称されたストライカー。

地元開催となった1978年アルゼンチンワールドカップで6得点を挙げ得点王となり、アルゼンチンのW杯初優勝に大きく貢献した。

2004年3月にはペレが選ぶ『偉大なサッカー選手100人』に選出された。


nice!(4)  コメント(1) 
共通テーマ:スポーツ

ドラガン・ストイコビッチ [サッカー]

《私的選手名鑑》No.17
ドラガン・ストイコビッチ(Dragan Stojković)

名古屋グランパスエイトの中心選手としてプレーしたことで、日本にもなじみの深い選手。
OFM、FWとしてプレーし、スピードを生かした華麗なドリブルや巧みなボールコントロール、またパス、フリーキックもすばらしく、「ピクシー」という愛称のとおり、人を魅了するファンタジックなプレーが多かった。確かに彼が在籍中のグランパスは強かったですねー。試合も面白かったです。(^^)

動画はこちら↓
http://www.youtube.com/watch?v=5_vj2f6OFpk
http://www.youtube.com/watch?v=ilmRUKaLvl4

こちらはイタリア大会 対スペイン戦のフリーキック
http://www.youtube.com/watch?v=9JDxSWW-d54

プロフィール(Wikipediaより抜粋)

ドラガン・ストイコビッチ(ストイコヴィッチ、Драган Стојковић、Dragan Stojković、 1965年3月3日 - )は、旧ユーゴスラビア(セルビア共和国)ニシュ出身のサッカー選手。ニックネームは「Pixy(ピクシー)」。

現役時代はユーゴスラビア代表として活躍。ユーゴスラビアサッカー史上最大の英雄のひとり。Jリーグの名古屋グランパスエイトで長く活躍した選手でもあり、日本人にとってもなじみが深い。現役引退後はセルビア・モンテネグロサッカー協会会長に就任。現職はレッドスター・ベオグラード会長。その他にも名古屋グランパスエイトのアドバイザーや、日本外務省の委嘱で西バルカン平和定着・経済発展のための「平和親善大使」を務めている。

代表では当初、もう一つのエースナンバーである7番を着けていたが、1980年代後半途中(90年W杯欧州予選のアウェーフランス戦で代表10番デビュー)から2001年に引退するまで、サッカーにおけるエースナンバーである背番号10を背負いキャプテン(初キャプテンは89年の親善試合のギリシャ戦)を務めた。


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

ロベルト・ファルカン [サッカー]

FIFA クラブワールドカップ ジャパン 2006
バルサが負けました。インテルナシオナル強かったですね。特にイアルレイ、ウェリントンが良かったと思います。うまく相手のスペースを突いていましたし、逆に効果的な守備でロナウジーニョをほぼ完璧に封じ込めていました。イニエスタやデコのミドル等、惜しいシーンはありましたが、今回はバルサの作戦負けのような気がします。バルサはまたもやブラジルのチームに世界一の座を奪われた格好。来年にかけたいところだが、今シーズンのCLトーナメント一回戦の相手は相性のよくないリバプール。はたしてどうなるでしょうか。大変楽しみです。

下で紹介しているファルカンの動画が見つからなかったので日曜日のゴールシーンいれました。
http://www.youtube.com/watch?v=IpR004nwlxI&mode=related&search=
http://www.youtube.com/watch?v=NCS7GugzIjI

《私的選手名鑑》No.16
パウロ・ロベルト・ファルカン(Paulo Roberto Falcao)

82年W杯ではジーコ、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾと共に黄金のカルテットと呼ばれた元ブラジル代表MF。インテルナシオナルにゆかりのある選手というとファルカンぐらいしか思い浮かばなかったので、今回掲載することにしました。クレバーな選手でフィールド上の指揮官と呼ばれた。その戦術眼が買われ、日本代表監督に就任するが、1年とたたずに解任されている。

プロフィール(Wikipediaより抜粋)

パウロ・ロベルト・ファルカン(Paulo Roberto Falcão、1953年10月16日 - )は、ブラジル出身の同国代表サッカー選手・サッカー日本代表元監督。

サッカーブラジル代表のMFとして活躍、特に全盛期はジーコ、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテスとともに黄金のカルテットと称された。クラブチームではイタリアのASローマで長く活躍し、リーグ優勝に貢献した。「ローマの鷹=ファルカン」とも称された。

現役引退後、ハンス・オフトの後を継ぎサッカー日本代表監督を務めたが、成績不振のため、1年ともたず解任された。これにより、親日派のジーコとは対照的に日本嫌いになったと言われる。


nice!(5)  コメント(5) 
共通テーマ:スポーツ

CL バルサ、マンU [号外]

《号外》
今回はCL関連のニュースのみです。

・バルサ、カンプノウにて勝利。GL突破を決める。
 GLで苦戦を強いられていたバルサだが、ブレーメンに2−0で快勝、GL突破を決めた。内容は序盤から押し気味に試合を進めたバルサの完勝。バルサファンにとってはたまらない夜だったでしょう。

・マンU横綱試合でGL突破
 セルティックに負けたマンUだが、やはり強かったです。横綱試合でGL突破。
前半にベンフィカに先制を許すなど精彩を欠いたが、前半ロスタイムに同点に。
後半にはいると終止マンUペースで試合が進み、ギグスのゴールで逆転、サアのゴールで試合を決めた。


nice!(3)  コメント(1) 
共通テーマ:スポーツ

フェレンツ・プスカシュ [サッカー]

《CL展望》
・セルティックに痛い一敗を喫したマンU、ホームにベンフィカを向かえ、1次リーグ突破をかける。

・バルサ、ブレーメン戦に1次リーグ突破をかける。

両方とも白熱必至の試合なのでぜひ観たいと思います。(^^)

《私的選手名鑑》No.15
フェレンツ・プスカシュ(Puskás Ferenc biro)
先月、11月17日、他界したハンガリーの英雄、プスカシュを紹介します。
デスティファーノとともにレアル黄金期を築いた伝説的プレーヤーです。この頃のハンガリーはマジックマジャールとよばれたいそう強かったそうです。ちなみに国際Aマッチ84試合出場、83ゴールという記録を持っているそうです。

結構貫禄あります。

デスティファーノとの写真

追悼のビデオクリップ。
http://www.youtube.com/watch?v=KGHMZnAjTls

白黒であまりよくわからないかもしれませんが、すごいなぁ、というプレーも随所に見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=cxrfvC7vnaY&mode=related&search=

プロフィール(Wikipediaより抜粋)
フェレンツ・プスカシュ(Puskás Ferenc biro)
1950年前半から1954年W杯スイス大会の決勝で敗れるまで4年間無敗を続け、「マジック・マジャール」と呼ばれたハンガリー代表の主将として活躍した。

W杯スイス大会では、プスカシュは予選リーグの西ドイツ戦において故意のファウルにより負傷し、決勝リーグ2試合を欠場することとなった。

大黒柱を失ったハンガリーはそれでもブラジルやウルグアイといった強豪を相手に勝ち進んだが、疲労が蓄積し、決勝で再び西ドイツと対戦する頃には満身創痍の状態であった。プスカシュ自身も怪我をおして出場したものの、イギリス人主審の不可解な判定(直前の親善試合でハンガリーはイングランドを2度大差で破っていた)に苦しみ、結果2-3で敗北。マジック・マジャールの不敗神話は最も重要な舞台で終焉を迎えた。

1956年、ハンガリー革命が発生した。たまたま遠征中だったプスカシュはそのまま帰国せず、影響でハンガリー国内リーグが中止となったこともあってプレーの機会を求めてスペインに亡命する。しかしハンガリー政府の圧力がかかり、2年間の公式戦出場停止処分を受けてしまう。
処分が明けた1958年、30歳でスペインの名門レアル・マドリードに加入。ディ・ステファノらと共にレアル・マドリードの第1次黄金時代を築いた。後にスペイン国籍を取得し、スペイン代表にも選出された。

1966年に39歳で現役引退。その後世界各国で監督を歴任した。
1971年にはギリシャの名門パナシナイコスを率い欧州チャンピオンズカップの決勝まで導くも、オランダのカリスマ・ヨハン・クライフ率いるアヤックスに惜しくも敗れた。

6年間、アルツハイマー病のため寝たきりの状態に陥っていた。2005年には彼の名を冠したチャリティ・マッチが開催される。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

ミハイロビッチ [サッカー]

《小耳に挟んだニュース》
●ミランのゴールキーパー、ジーダが戦線離脱。(T_T)
この大事な時期に、、、。痛すぎる。スキャンダル明けの年に限って、何でけが人がこんなに多いんだろ。。。弱り目に祟り目、がんばってくれ~。

●俊輔FKにてマンU撃破!CL決勝進出決める。
すごかったですね~。震えのくる一撃でした。まさに一撃必殺。あの大歓声の現場にいたかった!

《私的選手名鑑》No.14
シニサ・ミハイロビッチ(Sinisa MIHAJLOVIC)
俊輔のフリーキックからの流れで、今回は伝説のフリーキッカーを紹介。
セルビア・モンテネグロの選手でベオグラードレッドスターからローマ、サンプドリアを経て、ラツィオに移籍。知る人ぞ知るフリーキックの名手で、数々の名ゴールを演出した。中でもサンプドリアからラツィオに移籍した1998年、古巣のサンプドリア戦での、フリーキックのみによるハットトリックはあまりにも有名。また短気なことでも知られ、暴言、暴行の末、レッドカード、果ては数試合の出場低処分もざらでした。ただ、やはりそのフリーキックは驚異的で、アスコリ戦で右利きのフィーゴを差し置いて蹴った、左からのフリーキックはすごかったです。引退後もインテルにとどまり、ラツィオ時代の盟友、マンチーニ監督の補佐を行っている。俊輔もフリーキックでハットトリックやってくれないでしょうか。

ラツィオ時代。ゴールを決めた後。

すごい曲がりそう。(^^;)

すごいフリーキックオンパレードです。
http://www.youtube.com/watch?v=JdQOVoqWaPQ

レッドスター時代のフリーキックも入ってます。
あと何語かわからんラップ(セルビア語?)もテンポよくていい感じっす。
http://www.youtube.com/watch?v=4aVwvzHYiMo

プロフィール
残念ながら今回はWikipediaに掲載がありませんでしたので、上記の紹介をもってかえさせていただきます。


nice!(2)  コメント(2) 
共通テーマ:スポーツ

フランク・ライカールト [サッカー]

《私的選手名鑑》No.13
フランク・ライカールト(Frank Rijkaard)

フリットが出ましたから、続けてライカールトを掲載することにしました。
ご存知、ACミラン黄金期を支えたオランダトリオの一角です。
現役時代はボランチとして活躍し、鉄壁の守備に加え、精度の高いパス、打点の高いヘッドなどどれをとっても申し分なく、マルコ・ファンバステンもサッキ監督に彼のACミラン入団を強く要望したといわれる。

フリットといい、この頃はドレッドが流行だったのか。。。?



あなた、本当にボランチですか?(^^;) っていうぐらい得点に絡んでます。
この頃のミランはほんとに強かった。FW、OMF、DMFに一人ずつすごい選手がいましたからね。どこからでも点取れました。
http://www.youtube.com/watch?v=O5f3KC0ywPw

プロフィール(Wikipediaより抜粋)

フランク・ライカールト(Frank Rijkaard、1962年9月30日-)は、オランダ・アムステルダム出身の元サッカー選手で、現在はFCバルセロナ監督。スリナム系オランダ人。

1980年、17才でプロ選手としてのキャリアをスタート。この頃からすでにヨハン・クライフにその実力を認められていた。現役時代は主に守備的ミッドフィールダーとして、オランダ代表とイタリアセリエA・ACミランの中心選手として活躍。

ルート・フリット、マルコ・ファン・バステンと共に、1980年代末から続いたACミランの黄金期を支えた「オランダトリオ」のひとりである。

1995年に現役引退。1998年オランダ代表監督として現場に復帰。2003年から現在はFCバルセロナの監督。選手掌握術に長け、チームのモチベーションを上げ、選手の不満を無くすのが非常に上手い。2004年-2005年、2005年-2006年シーズンに同チームをリーガ・エスパニョーラ優勝に導き、さらには2005年-2006年シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ優勝へと導いた。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

ルート・フリット [サッカー]

《ミラノダービー》
今日は最近の試合から面白いものをコメントしました。
この間ミラノダービーを観ました。いやー、ものすごい試合でした。
まずはインテルの攻勢。早々にクレスポのヘッドで先制。続いてスタンコビッチの強烈なミドルで2点目。喜びのあまり、恩師マンチーニをつかんで叫んでましたが、殴ってしまいそうな勢いなのが笑えました。後半に入っても流れはインテル。イブラヒモビッチのゴールで3点目。セードルフのゴールで1点を返し、巻き返しを狙うが逆にマテラッツィにヘッドで叩き込まれ、またもや3点差。しかしここから流れが変わります。ヘッドを決めたマテラッツィはシャツを頭までたくし上げ、アンダーシャツに書かれたメッセージをアピール。この禁止行為で2枚目のイエローをもらい退場。ここからミランの猛攻撃が始まります。まずはジラルディーノが技ありのヘッドを決めて2点差とし、波状攻撃を仕掛けていきます。しかし、再三にわたる決定機にジュリオ・セザールがファインセーブを連発し、なかなか追加点を奪えません。ようやくカカの芸術的なシュートで1点差とし、ロスタイムまで攻め続けます。しかし、最後のネスタのヘッドは無常にもゴールをはずれ、そのままゲームセット。
しかし後半のミランの攻撃は熱かったです!個人的にはミランに追いついて欲しかったですが、ダービーの歴史の中でもすばらしい試合だと思います。満足でした。
まぁ、ジュリオ・セザールをほめるべきかもしれないですが、ミランのアタッカンテ陣は寂しいなぁ。。。シェフも移籍先では調子がいまいちのようだし、戻ってこないでしょうかね。

http://www.youtube.com/watch?v=kOCTnEuT8D0

《私的選手名鑑》No.12
ルート・フリット(Ridi Dil "Ruud" Gullit)
ミランダービーがあったので今回はミランの選手から。
オランダトリオの一角で、野性味あふれるプレーと破壊力抜群のヘッドで観客を魅了したフリットです。プレーもさることながら、ドレッドヘアーをなびかせた風貌も独特で、ファンバステン、ライカールトとともにミランの黄金期を支えた、万能型アタッカーです。

怖そうな顔でしょ。でも実は人格者で、とてもやさしい人だそうです。


迫力あるプレーです。今のミランにもこのぐらいのアタッカーが欲しい。。。
http://www.youtube.com/watch?v=701XpfoBd7s

プロフィール(Wikipediaより抜粋)

ルート・フリット(Ridi Dil "Ruud" Gullit、1962年9月1日 - )はオランダ・アムステルダム出身の元同国代表サッカー選手で、現役時代はオランダやイタリアのクラブでプレー。引退後はイングランドやオランダのクラブで指揮を執った。
1979年、FCハーレムでデビューを飾り、高い技術力を見せる。その活躍が認められ、1981年9月1日のスイス戦で代表デビューを飾る。1982年にはフェイエノールトへ移籍し、ヨハン・クライフとともにリーグ優勝に貢献する。

その後、PSVアイントホーフェンを経て、1987年に当時の史上最高額の移籍金でセリエA・ACミランへ移籍。マルコ・ファン・バステンやフランク・ライカールトとともに「オランダトリオ」としてACミランの黄金期を支え、数々のタイトルをもたらし自身もこの年バロンドールを受賞した。また、オランダ代表としてもEURO1988では優勝に貢献。この時代はまさにフリットの全盛期であった。しかし、1989-1990シーズンに膝を故障してしまう。この故障は引退時まで大きく引きずることになる。

1990年のイタリアW杯に出場した。欧州王者のとして優勝候補の一角にあげられていたが、フリット自身は膝の故障を抱えており、満足なプレーをすることができず、チームもベスト16で敗退した。

もともとシステムを重視するアリゴ・サッキ、ファビオ・カペッロの下で自由なプレーができず戦術が合わないことから、1993年、サンプドリアにレンタル移籍する。そこで、リベロのポジションを与えられ、自由奔放な本来のスタイルが復活し、サンプドリアは93-94シーズンをリーグ3位、コッパ・イタリア優勝と大躍進を遂げ、その立役者となる。特に古巣ACミラン戦においては全盛期に勝るとも劣らないパフォーマンスを見せる。

しかし、1994年のアメリカW杯はディック・アドフォカート監督との折り合いが悪く、クライフの代表監督就任もなくなったため、出場を辞退している。

1994-1995シーズン前にACミランに復帰するが、ポジションは再び束縛され不振に陥ったため、シーズン途中にサンプドリアに再び移籍したが、前年ような輝きを見せることはできなかった。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

ティエリ・アンリ [サッカー]

《私的選手名鑑》No.11
名前 ティエリ・アンリ (Thierry Henry)

今回はフランス代表、アーセナルの点取り屋、アンリです。
プレミアだけではなく、世界中の現役フォワードの中でもトップクラスの選手で、そのスピード、テクニック、決定力、どれをとっても申し分ありません。ASモナコからユベントスに移籍するも、イタリアのサッカースタイルにフィットせず、ベンゲル率いるアーセナルに移籍、一気にその才能を開花させた。現在も恩師ベンゲル率いるアーセナルでプレイしている。
ちなみに彼が少年時代からあこがれていた選手は私の大好きなファン・バステンである。


冒頭のファン・ニステルローイのコメントが掲載してあります。
彼はロナウドよりもアンリを評価しているようですね。
http://www.youtube.com/watch?v=qk4zHRJpuf8

プロフィール(Wikipediaより抜粋)

ティエリ・アンリ (Thierry Daniel Henry , 1977年8月17日 - )は、フランスのサッカー選手。ポジションはフォワード(CF、WG)。愛称は「ティティ」。

現役世界最高のフォワードと称される選手の一人。ヘディングなどの空中戦はあまり得意としないが、それ以外は万能でフリーキックも得意な新世代型ストライカーである。 特筆すべきは、一瞬にしてDFを置き去りにする瞬発力と長いリーチを生かした突破力、瞬時に最良のプレーを選択する判断力と創造力にある。若い頃はウイングとして起用されていたが、アーセナルFCへ移籍後、アーセン・ベンゲル監督にセンターフォワードにコンバートされてその才能が開花した。利き足の右足でのキックに自信を持っており、それを最大限に生かすため一度サイド(特に左サイド)に開いてから中央に切り込むプレーを得意とし、ゴール前で決定的なパスを出す能力も非凡。FKの時、1歩程度しか助走をつけないのは特徴的である。


nice!(0)  コメント(2) 
共通テーマ:スポーツ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。